訪問看護との出会い――病棟勤務から在宅医療への転身病棟で勤務していた頃、退院を希望しても自宅での受け入れが難しく、病院で過ごさざるを得ない患者さんを多く見てきました。コロナ禍ではさらにその傾向が強まり、「自宅に帰りたい」と願う患者さんや家族の思いを受け止めるたびに、在宅医療の必要性を痛感するようになりました。もともと私は急性期の病院で勤務し、その後、療養型の病院に移りました。そんな中、以前の同僚である鳥谷さん(えん訪問看護ステーション代表)が訪問看護ステーションを立ち上げたことを知り、「すごいな」と関心を持っていました。訪問看護に興味を抱くようになり、鳥谷さんに連絡を取ったのが、私の転機でした。鳥谷さんも、最初に勤務した病院が茨城にあり、地域に貢献したいという強い思いを持っていました。私も地元である茨城で在宅医療に関わりたいという気持ちがあり、意気投合。訪問看護の立ち上げに携わることになりました。石岡市や小美玉市は訪問看護ステーションが少なく、地域のケアマネージャーさんたちからも「訪問看護が足りず困っている」という声を聞いていました。地域のニーズが高いと感じ、立ち上げに向けて準備を進めることになったのです。ゼロからのスタート――訪問看護の立ち上げと営業の試行錯誤最初の1か月間は、ご利用者様がいなかったので、とにかく営業活動をしていました。病院では、患者さんが自然と来てくれるので「営業」という概念がなかったのですが、訪問看護ではそうはいきません。自分たちの存在を知ってもらい、選んでもらう必要がありました。最初は、地域の総合病院や居宅介護支援事業所、施設などを回って「えん訪問看護」を知ってもらうところから始めました。ただ、訪問看護ステーション自体が少ないエリアだったので、営業先も限られていました。1週間ごとに訪問していたら、「また来たの?」という雰囲気を感じることもありましたね。営業活動では、顔と名前を覚えてもらうために、写真付きのリーフレットを持っていきました。文字だけのリーフレットよりも、顔が載っている方が見てもらえることが後から分かりました。話題が広がるように、趣味なども載せるようにしたんです。私はラーメンが好きなので、「趣味:ラーメン巡り」と書いたら、「ラーメン好きなんですね!」と声をかけてもらうこともあって、営業活動が少し楽しくなりました。初めてのご利用者様の依頼があったのは、9月の終わり頃。営業を続けるうちに、最初にご紹介いただいたケアマネージャーさんからのリピートも増え、少しずつ軌道に乗り始めました。訪問看護の現場で学んだこと――病棟との違いとやりがい実際に訪問看護を始めてみると、病棟との違いに戸惑うことが多かったです。病院では医療物品が揃っているのが当たり前でしたが、在宅ではそうはいかない。家にあるもので工夫してケアをしなければならない場面もありました。例えば、病院では患者様の薬はすべて看護師が管理し、決まった時間に渡していました。でも、在宅ではご本人やご家族が管理していることが多く、最初は「こんなに自己管理なんだ」と驚きました。内服カレンダーのようなものを使いながら服薬をサポートする方法も、訪問看護を始めてから学びました。病院では決まった食事が提供されるのであまり意識することがなかったのですが、在宅ではご利用者様が好きなものを食べています。病棟では制限された環境のなかで過ごしていた患者様が、在宅ではリラックスし、自然体でいられることが新鮮でした。「病院ではこうだったのに、家ではこうなんだ」と、在宅ならではの個別性を実感しました。さらに、ケアマネージャーさんや病院、訪問診療のドクター、ご家族との連携の重要性も学びました。病院では、同じ施設内の医師・看護師・リハビリスタッフ・薬剤師といった職種とチームで連携を取ることが基本ですが、訪問看護では、病院外のさまざまな関係者と連携する必要があります。訪問診療の医師やケアマネージャーさん、介護サービスのスタッフ、ご家族など、外部の多職種・機関と密に連絡を取り合いながら進めるため、病棟とは違った調整力や報告・相談の意識が求められます。特にケアマネージャーさんとは定期的に情報を共有し、信頼関係を築くことで、スムーズにご利用者様のケアを提供できるようになっていきました。苦労と成長の半年間――管理者としての課題と学び訪問看護初心者でありながら、管理者としての仕事も並行していたので、最初の数か月は本当に大変でした。6名のスタッフのマネジメントや教育、シフト管理、業務調整など、初めてのことばかり。特に、非常勤スタッフが多い中でのシフト調整や、スタッフが安心して働ける環境づくりには苦戦しました。また、自分が訪問業務をする時間が多く、管理業務とのバランスに悩むこともありました。どうしてもプレイヤー寄りになってしまい、管理業務が後回しになりがちでした。ご利用者様のケアに集中しすぎると、マネジメントに手が回らなくなることもあり、どう両立していくかは今も試行錯誤しています。営業活動も大変でしたが、続けるうちに少しずつ信頼関係が築けるようになりました。営業当初に訪問したケアマネージャーさんから、数か月後に「そろそろお願いしようと思っていた」と声をかけていただいた時は、本当に嬉しかったです。最初は「また来たの?」という反応だったのが、今では気軽に相談していただけるようになり、訪問看護のニーズの高さを改めて実感しています。ただ、緊急コールの対応には、今でもプレッシャーを感じています。病院のナースコールのように「呼ばれたらすぐ行かなきゃ」という感覚が抜けず、緊張感を持ってしまうんです。周りからは「焦らなくてもいい」と言われますが、困っている方がいると思うと、どうしても早く駆けつけたくなります。訪問看護の魅力とは?――「人と人」として向き合う看護訪問看護を始めて実感したのは、「1対1でしっかり向き合えること」の大切さです。病院勤務時代は、時間に追われて患者さんの話をじっくり聞くことが難しかったのですが、訪問看護では、目の前のご利用者様と向き合う時間があります。例えば、ある末期がんのご利用者様は、最初は警戒され「来なくていい」と言われました。しかし、訪問を重ねるうちに名前を覚えてくださり、最後には「本当にお願いしてよかった」と言っていただけました。病院ではなかなか得られなかった「ご家族からの感謝の言葉」も、訪問看護のやりがいの一つだと感じます。また、訪問看護は単なる医療の提供だけでなく、「人と人の関わりが生む安心感」が重要です。あるご利用者様は訪問を断った後、2か月後に「やっぱり話すのが楽しかったから、もう一度お願いしたい」と連絡をくださいました。こうした経験から、「訪問看護はただの医療行為ではなく、人としての信頼関係を築くことが大切なのだ」と実感しました。これからの目標――地域とともに支える訪問看護の未来在宅で困っている人をもっと支えていきたいという思いが、訪問看護を始めてからますます強くなりました。石岡市や小美玉市は訪問看護の事業所が少なく、十分な支援が行き届いていない地域です。ケアマネージャーさんやご家族から「もっと訪問看護があればいいのに」「対応できるところが少なくて困っていた」という声をいただくことも多く、私たちの存在が少しでも役に立てればと思っています。ただ、私たちだけでは限界があるので、地域の病院や訪問診療の先生方、ケアマネージャーさんと連携しながら、より包括的な在宅支援ができるようにしたいです。もっと地域の関係機関との情報共有を密にし、ご利用者様が安心して自宅で生活できる環境を作ることを目指しています。また、訪問看護の魅力をもっと多くの看護師に知ってもらいたいという思いもあります。病院勤務の看護師の中には「訪問看護はハードルが高い」と感じている方も多いと思います。でも、実際にやってみると、病院とは違ったやりがいや魅力があり、「人と人」として向き合える素晴らしい仕事です。私自身、訪問看護を経験したことで、「看護師としての視野が広がった」と感じています。訪問エリアの拡大も視野に入れていますが、まずは今のエリアで質の高いサービスを提供することに力を入れたいと思っています。ご利用者様が「最後まで自宅で過ごせてよかった」と思えるように、スタッフ一同、一つひとつの訪問を大切にしていきたいです。訪問看護を始めたばかりの頃は、何もかもが手探りでした。でも、この半年間でたくさんのことを学び、多くの出会いがありました。まだまだ課題もありますが、地域の皆様の支えを感じながら、これからも訪問看護の仕事に誇りを持って取り組んでいきたいと思います。